2005年08月27日

テマル政府のマグロ畜養場計画に反対の声

(タヒチプレス:22aug2005)

船主と魚の卸売業者からなる仏領ポリネシア商業漁業協会はマグロ畜養計画が仏領ポリネシアに対しておよぼす試算が1.5から1.9億フラン(15.8以上USドル)と見積もりました。当協会は漁獲量が2002年〜2004年の間に、過去最高の7,811トン(2001年)から5,000トン以上低下した事により、仏領ポリネシアの商業漁業産業が逼迫してきている事をあげて、重大な財政危機感を募らせているようです。

船主協会会長Georges Moarii氏は
「私たちはHaopa Project(マグロ畜養計画)に融資するという政府決定への反対勢力に加わっています。」
彼は協会職員が Moruroa と Fangataufa のツアモツ環礁で1960年代後半から1996に渡る仏国核実験の間に存在した、仏国軍事基地の拠点だった Hao島のための(たぶん救済措置として計画されている)Hao Fishing計画とAquaculture計画の頓挫を心配しているのか?と思います(原文の意味が良くわかりません、スミマセン)マグロが畜養されると、商売上がったりという事なんですかね?

キハダマグロ(aahi re'are'a)の三倍の価格で売れるミナミ(ホン)マグロ(aahi taria poto)

Moarii氏は畜養計画が飼育場で世界初のキハダマグロを飼育もあると言いました。 要するに(タヒチでは)比較的安いキハダマグロまで養殖(畜養)すんな!という事なんですかねぇ?タヒチに行った事のある方で、パペエテのマルシェ(マテテ)の鮮魚売り場見た方ならご存知・・・マオヒってカツオ類マグロ類とシイラが大好きみたいですよね。Moarii氏の危機感は分かりますが、収穫の全てが日本向けという事をもっとアピールするべきかも知れませんね、テマル様。

ところで、Hopuhopu@管理人は魚喰うのが大好きですが、マグロにはそれほど執着心は無いです。なぜ日本人はこれほどマグロ好きなんでしょうか?魚らしく無い魚だからかな?(シーチキンなんて不名誉な名前もあるし)と思ったりしますがどうなんでしょう?・・・以前スペインの漁師のドキュメンタリーをTVでやっていまして、奴らヌケヌケと!しかも少し嫌そうに抜かしてました
「獲ったマグロは全部日本人が買っていっちまうゼ!」
見ていた私は「日本は上得意さんだろ?少しはリスペクトしろや!」と叫んでしまいました、そして遠洋漁業マグロ買うのが嫌になりました。イルカを守れ!と叫ぶ米国の網漁も、日本に売るマグロを獲るために数百頭のイルカを巻き添えにしています。マグロの美味さの影には多大なる犠牲があるかもしれない?という事を忘れないぞ、と思います。

P.S. できれば、フカヒレも食べるの止めてくださいね、ヨシキリザメが絶滅してしまいます。他に食べ物は一杯ありますから。
posted by Hopuhopu at 01:40| Comment(2) | TrackBack(1) | 政治・経済

2005年08月11日

オスカー・テマル大統領来日

(タヒチプレス:10aug2005)

日本時間9日火曜日仏領ポリネシア領土政府長官オスカー・テマル氏が来日しました。タヒチは独立国では無いので国賓扱いでは無いみたいです。10日水曜日早朝5時に築地の魚河岸を視察、午後には伊藤忠商事の来賓として同社を訪問したとの事。目的は海洋資源の輸出先として検討しているようです。日本人は世界の大半のマグロを食べてしまう民族ですから、海洋資源と経済水域(漁場)の豊富なタヒチとしては「ターゲット日本」は当然の流れかと思います。
(日本のマグロ消費量は全世界の消費量の1/3にあたり、ブっちぎりで世界一、その大半は刺身用・・・一説によれば6割は日本人が喰っているという・・・マグロも絶滅危惧種入りする日も近いのかな?)

実はタヒチ事情通Hさんによって、月曜日にはテマル氏来日の情報が入っていましたが、お忍び?の可能性もあったため取り上げませんでした。今日タヒチプレスを見て目的の一つは分かりました。さて、テマル氏はこの他はどんな目的で日本に来たのか?滞在中は注目してみたいと思います。
posted by Hopuhopu at 13:41| Comment(3) | TrackBack(1) | 政治・経済

2005年08月02日

ボラボラ島に第二次世界大戦の米兵記念館の計画

(タヒチプレス:29july2005)

水曜日の内閣議会において、ボラボラの第二次世界大戦米兵記念館プロジェクトについて議論がありました。 戦火は免れたものの、ボラボラにとって米軍の記憶はいまだ鮮明のようです。

副大統領 Jacqui Drollet氏によって発表された内容は
「かなりの数の米国人旅行者がボラボラ島を訪問するという事実があり、彼らの祖父や親戚達がボラボラに軍事目的で空港を建設し当地との絆ができた。」
政府としては米軍基地のイメージを蘇らせるため、ボラボラ島民の協力を要請しています。実現に向けて調査をなどを行う文化的なコンサルタント探しも始まったようです。

沖縄やミクロネシアの島々など、海の美しい所を訪問するとかなりの確率で「戦争の痕」と遭遇します。タヒチでは仏軍との内戦時の大砲など、比較的古い「戦争の痕」を見られますが、第二次世界大戦との関係もあったわけで、今後は少し主張するのでしょうか?戦後60年を迎え、戦争体験世代が少なくなっていく昨今、我が国の終戦記念日も近づいてきましたが、メモリアルは大切な事だと思います。「戦争の世紀」を繰り返してはなりません。
posted by Hopuhopu at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 観光