2006年05月20日

セガール氏のコンサート出席のためテマル大統領来日

(タヒチプレス: 18May2006:14:49)

仏領ポリネシア領土政府長官(大統領)オスカー・テマル氏は火曜日の夜東京で反核キャンペーンの一部として行われたハリウッド俳優のスティーブン・セガール氏のステージにゲスト出演しました。

俳優でありミュージシャンでもあるスティーブン・セガール氏が原子力の代替手段を支持して運動するために世界的なコンサートツアーを始めたとき、テマル氏の不意の訪問が演出されました。セガール氏は、仏領ポリネシアでの仏国核実験に対してのスピーチをテマル氏に要請したようです。

週初めにテマルと代表団は来日、仏国によるツアモツ環礁モルロア現地査察への参加は拒否し、セガール氏への合流を選択したようです。しかし、このコンサートもモリンダ社の販促活動の一環のようなので、図式としては米国加担のようにとれます。今回の大統領の行動を(反核基金などの話題も上っていますし)管理人として反核の立場を肯定的に捉えたいのですが、商業的な臭いが強いので・・・まあ実際の現場を見ていないのでなんとも言えません。

テマル氏のスピーチ後、ヘイヴァ優勝タヒチアンダンスチーム "O TAHITI e !" の踊りもあったようで、なんの基礎知識もなければ楽しそうなステージだったと思います。
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2005年10月31日

テマル領土政府長官、仏国核実験の影響に関して補足。

(タヒチプレス:30oct2005)

10月29日に「仏領ポリネシアの高レベル放射能汚染」の見出しで公開されたニュージーランドヘラルドWebサイトの記事は
ツアモツ諸島ツレイア島の高レベル放射能汚染の発見を裏付ける資料、引用元に不明部分があります。
NZヘラルドの記事は、特定不可能な「匿名職員」によって「被曝後遺症の疑いで診療のために、1日あたり最大5人をオークランドの個人病院に送った。」としており、テマル氏は「私は、だれが毎日ニュージーランドに送られた5人疾病ポリネシア人がいると言ったかを知りません。」と発言しています。

管理人注:核実験場従事した人は、辞める時に「核実験に関していっさいの事を口外しない」契約書にサインをします。匿名の方は仏国の監視下にあり、自由な発言をする事に身の危険を感じている可能性が高いと思います。また実験場従事でなくとも、ツレイア島民というだけで箝口令があった事は確実です。我々観光客は明るい側面しか見ませんが、タヒチの人々は常に仏軍の監視や密告下にあるといっても過言ではありません。

NZヘラルド記事で実名が明記されているのは、テマル氏とTea Hirshon女史のみ。他は匿名で「Temaru政府職員」となっています。 Hirshon氏は仏国核実験調査委員会委員長であり、10月9〜10日にツレイアなどに赴いたばかりです。記事にはテマル氏は「健康と環境汚染へ影響の継続的ハイレベルなもみ消し工作」で仏国政府を起訴したと書かれています。

テマル氏「私たちには、多くの健康上の問題があります。」とハッキリ発言しています。

匿名の政府職員は、仏国は被曝後遺症の人々をパリに送っていましたが、ニュージーランドが地理的に近く費用が削減できるためオークランドの病院に送られたと新聞に発言しました。10月9〜10日の調査によれば、ツレイアのブロックハウス(シェルター)足下で、通常環境の4倍を示す放射能レベルが確認されたばかりです。NZヘラルドは、データが仏国で分析されなければならないと言い足しました。テマル氏はは調査委員会への協力を拒否し、公文書を公開をしない仏国国防省も起訴したようです。

管理人注:たった今、その公文書関連の事をまとめている最中です。1997年までは閲覧可能だった公文書館(ヴァンセンヌ要塞内)を。国防省は閉鎖しました。2005年現在、核実験関連の情報公開が完全に隠蔽されたままになっています。この公文書内容ですが、調べるほどに仏国がマオヒを人間扱いしていない事が浮き彫りになってきます。

テマル氏「ポリネシアの人々は何が起こったか、起こっているかを知らない。 私たちは中立組織による調査を望む、仏国は公文書アーカイブを開き、なぜまだ秘密であるかを我々に伝えるべきである。」

管理人注:仏国としては公開できるはずがありません。(一部は漏れ出していますが、欺瞞や不条理に溢れた内容です。)

調査委員会は11月に仏領ポリネシア議会に報告書を提示することになっています。 Hirshon女史は、コミッションの目的が仏領ポリネシアにおける核実験の影響の正確な査定と、およそ25万人の健康被害状況の把握であるとヘラルドに言いました。
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国外通信社にも漏れ出る情報

(30oct2005:共同通信)

タヒチプレス以外でも、徐々に核実験の影響が漏れてきました、ツレイア島です。
もう少しデータなどを集めた上で、状況を多角的に分析したいと思っています。
以下が記事の全文コピペです。

URLはこちら
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051030-00000115-kyodo-int
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ポリネシアで放射能汚染か フランス核実験の環礁近く

 【シドニー30日共同】ニュージーランド紙ドミニオン・ポストは30日までに、1990年代半ばまでフランスが核実験を行っていた南太平洋のムルロア環礁(フランス領ポリネシア)近くの島で、高レベルの放射能汚染が報告され、住民が相次いで治療などを受けていると伝えた。
 同紙によると、放射能汚染が報告されたのは、ムルロア環礁の北北東約115キロのトゥレイア環礁。約100人が住み、有人の島としてはムルロア環礁に最も近い。多い時には一日に5人の住民が「放射能に関係したとみられる病気」のため、ニュージーランド北部の病院で診断、治療を受けているという。
 ポリネシアのテマル行政長官は同紙に対し、フランス政府が核実験による健康や環境上の影響を隠ぺいしていると非難。
(共同通信) - 10月30日21時42分更新
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2005年10月17日

CRIIRAD、オスカー・テマル氏へ第一回の現地調査報告

(タヒチプレス:15oct2005)

仏領ポリネシア大統領オスカー・テマル氏は現地金曜日、 "CRIIRAD" (放射能関連情報独立調査機関)より第一回目のマンガレヴァ調査の報告を受けました。

核実験の影響調査会(現地9、10日)に同行した "CRIIRAD" の研究者は、ガンビエ諸島の "Mangareva" ,ツアモツ諸島の "Hao" , "Tureia" の三カ所に赴き、各島の土壌や食物連鎖中の生物濃縮の状況を調査するためのサンプル収集を行いました。サンプルは実験室で詳しく調査を続行中。

核実験の影響についての報告:Bruno Chareyron : CRIIRAD実験室担当員

「今の所、ツレイアを除き環境中の放射能レベルに異常な数値は見られない。しかし残留放射能についてサンプルのさらなる分析が不可欠。通常環境中の放射能は微々たるものだが、ツレイアのブロックハウス(シェルター)の足下では正常レベルの4倍を測定した。」
「これらの分析は住民のリスク(有る無し)を証明するものでは無い。より詳しい調査が潜在的な危険を見定めるために必要不可欠である。追研究後 "CRIIRAD" は(残留放射性物質、核汚染状況など)改めて報告する。」

(管理人:注)ツレイアはモルロアの北107kmに位置するバリバリ危険区域内「実験場に一番近い有人の島」であり、その位置から大気圏実験の影響を最も受けたと思われます。環礁内の魚は食用禁止、水も(雨水)飲用に適さないとの事。作物が育たず漁もできず島民の現金収入は少ないが、核実験期間中は領土政府交付金が出ていたようです。(実験時のシェルター避難には1500cfp/1日の日当も出ていた)多くの人に被曝晩発生影響が出ているようですが、島民は仏軍の監視下で固く口止めされているようです。仏国厚生省がマンガレヴァ、ツレイア、プカルア、レアオ4島のガン疾病登録を始めたのは(信じられない!)1984年以降。初実験から18年間放ったらかし、登録以前に何人の人がガンや白血病で亡くなったかは闇に葬られてしまったのです。
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2005年10月14日

マンガレヴァでの公聴会、1966年の大気圏核実験の様子

(タヒチプレス:12oct2005)

「仏国核実験の影響」調査委員会開催の公聴会により、1966年7月2日・仏国による南太平洋で最初の大気圏核実験の時のあらましが、マンガレヴァの人々の生々しい証言により浮き彫りになってきました。1998年に取られた仏国の「大規模沈黙政策」で情報は完全にシャットアウトされ、核実験推進派だったフロス政権下においては全く見えてこない真相が、遂に見え出しました。当Webサイト "Te nunaa MA'OHI" "Hotu Painu" では、最近マンガレヴァの事をまとめている最中だったので、現実とシンクロして驚きました。この公聴会の証言や現地視察の模様などを交え、コンテンツを近日中にアップしたいと思います。

●マンガレヴァの証言

公聴会開催:調査委員会、委員長 Tea Hirshon氏
同席:
CRIIRAD:Commission de Recherche et d'Information Independantes sur la Radioactivite(放射能に関する情報および独立調査のための委員会)メンバー

この証言は仏軍の監視下で無く「自由に発言できた」とても貴重な声です。管理人も知った時は驚きましたが、実験の施行される二年前1964年にはパペエテには独裁警察がつくられていました。名前は単なる「研究局」でしたが・・・「住民は絶えず密告され、検閲は定期化されていた。」そうで「核実験についての発言」などできるはずも無い状態だったのです。タヒチ裏側では冷戦時の共産圏のような重苦しい空気が流れていたのでしょうか?

・最初の実験時(コード名:アルデバラン:1966年7月2日大気圏実験)は避難所(シェルター)も無かった。
・重要な仏軍高官が来た、歓迎の食事を沢山用意したのに実験が実施されると素早く飛行機で帰ってしまい、仕方なく食事はゲスト不在で食べた。
・爆発が起きた時は頭上でとても大きな轟音がした。
・難聴の子供が生まれた(実験後に出産した女性)
・魚が食べられなくなった、シガテラのせいもあるが核実験も関係しているのかも。
・軍からは(実験について)なにも知らされなかった
・実験の後、軍関係者は(マンガレヴァで採れた)野菜を買わず、パペエテから持ってきていた。
・家族が(理由は明かされず)しばしばハオへ送られた。(注:ハオには補給基地があります。)
パペエテに送れば良かった。
・初の実験後にシェルターが作られたが、もうボロボロで軍が取り壊してくれれば良かった。
・(当時14歳の女性)三日三晩シェルターに入っていた事がある。映画を見たり食事が振る舞われた。実験後シェルターの屋根を水で洗い流していた、その後家に帰った。

今まとめているコンテンツ内容に「完全に整合」する証言の数々に、憤りが増しました。これでは仏国はマンガレヴァの人々を実験動物扱いした事にならないでしょうか?
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2005年10月12日

「仏国核実験の影響」調査委員会がガンビエ諸島へ

(タヒチプレス:10〜11oct2005)

完全に霧の彼方だった「仏国大気圏核実験の真相」が少しずつ明るみに出て来ました。フロス政権下では全く期待できませんでしたが「遂に・・」という感じです。調査委員会に対しては当然仏国の横やりも入り、論議を呼んでいるようですが、是非真相に迫ってもらいたいです。

仏領ポリネシア議会連合与党UPLDオスカー・テマル氏(領土政府長官:大統領)によって今年の7月15日に組織された委員会(任期6ヶ月)は、仏国が1966〜1974年の間にツアモツ諸島 "Moruroa" と "Fangataufa" に於いて、41回の大気圏核実験を行ったとき「そこで何が起こったか?」を住民達に公聴及び、二日間の現地調査を遂行すべくガンビエへ諸島向かいました。9日(日曜日)の午後遅く、委員会は "Rikitea" に到着、核実験を実体験した人々を集め公聴会を開催しました。そして現地の数カ所を見て回ったとの事です。

(管理人注:"Moruroa" と "Fangataufa" はタヒチの1,200kms(720マイル)南東、さらにガンビエ諸島北西"Mangareva" までは450kms(303マイル)の距離です。)

委員会は翌10日(月)を "Mangareva" の様々な地域を訪問するのに費やしました、島の人々が核実験期間中、放射性降下物質から避難したシェルターなども含んでいたようです。

(管理人注:原文英語では "blockhouse" となっていて、シェルターは意訳です。手元資料の不鮮明な写真ではお世辞にもシェルターとは言えない粗末なコンクリート小屋で、なるほど "blockhouse" って感じの物です。こんな小屋で放射線を遮蔽できたか?は素人目にも疑問です。)

Hopuhopu@管理人が長年待っていた "Tureia" の真相の一部

委員会代表 Tea Hirshon氏とメンバーの一部は "Tureia" 視察も行いました。"Tureia" は "Moruroa" の北に位置し、実験場から最も近い、住民のいる環礁です。

(管理人注:ここの島民は一時はあまりの放射能レベルの高さから、全島民がパペエテへ避難させられたりしていたのです。理由はバカンスとか悲しい嘘・・・ラグーン内の魚は食べられず、被曝晩発生障害に苦しむ人が沢山いるようですが、いまだ全てはトリコロール色の霧の中です。)

CRIIRAD:Commission de Recherche et d'Information Independantes sur la Radioactivite(放射能に関する情報および独立調査のための委員会)のリポートによれば、"Tureia" のシェルター("blockhouse")の放射能レベルは環境大気中の4倍。 しかし、CRIIAD職員は「なぜレベルが高いか?」に対する明確な理由を明らかにすることはできなかったそうです。

(管理人注:調査期間も予算も無いのでしょう。もしくは仏国の「核汚染は無かった」発言を前提にしている可能性もあります。)

CRIIRADについてはこちらを参照ください。
http://www.greenpeace.or.jp/campaign/nuclear/plutonium/rokkasho/criiad_html


何人かの委員が月曜日の夜パペエテに戻りましたが、数人は "Hao" に留まり調査を続行中。

(管理人注:"Hao" は30年間仏国核実験の補給基地として機能していました、南太平洋随一の空港設備を誇るそうです。)
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2005年06月05日

連合与党、前大統領フロス氏の仏国核実験照会の姿勢を批判

(タヒチプレス:02Jun2005)

1960年代の仏国核実験期間中にガンビエ島に放射性降下物質があったどうか?をいまさら仏国に問い合わせた前大統領ガストン・フロス氏の姿勢に対し仏領ポリネシアオスカー・テマル大統領の連合与党(UPLD)は強く批判しました。

先週、フロス氏は仏国に対して(彼として核実験に対し初の)質問状を送付しました。その質問状の内容は「実験時ガンビエ住民に対してとられた避難措置」に対してだったようです。これに対して「なにをいまさら?」という感情だと思いますが、激しい批判が噴出しました。マイロン・マトア連合与党(UPLD)幹部によると「ガンビエ島の人々のための実験リスク情報は隠蔽されていた。大気圏内爆発による約50の核実験によりポリネシア住民達は多量の放射性物質にさらされた。フロス氏は常に仏国核実験を推進する側だ、彼は大統領だった時、常にモルロア エ タトウ協会との会談には応じなかった。協会発足の2001年以前まで遡っても…」と述べました。

連合与党(UPLD)はフロス氏を「日和見主義の主導者」とか「真の詐欺師」と称し、フロス氏の起訴まで計画している模様。「真の詐欺師」というのは、1995年にモルロアの海で泳ぎ当地で釣れた魚を食べるという、もの凄いプロパガンダをリアルタイムで見た私には、言い過ぎでは無い気がします。世界中の人々を「科学的無知ども」とばかりに嘲るような行動だったと思います。当然の流れとして、核実験における仏国国防省の暴挙が明るみにでてきています。97年12月2日より(たぶん)実施された仏国の大規模沈黙政策のストレスが、今にきて噴出を始めたんだと思います。

最近、カミさんの影響でタヒチアンダンスや歌に興味がでてきた私は、当地訪問時にDVDを買い込んできました。ヘイヴァ(旧チュウライ祭り)など、華麗で見ていて楽しいものです。ある資料によれば、70年代の祭りは実験時に島民を隔離する目的も含んでいたという事でした。なにも知らされない島民達は嬉々としてパペエテに繰り出したに違いありません。留守中に故郷でどんな恐ろしい事が行われるか、知る由もなかった事でしょう、なんだか胸が痛い事ばかりです。
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2005年05月31日

仏国工作員がニュージーランドにおける「虹の戦士号」テレビ番組放送に反対を表明。

(タヒチプレス:30May2005)

オークランドに寄港、停泊中に仏国の諜報機関工作員によって爆破された、国際環境保護団体グリーンピース所有の帆船Rainbow Warrior(虹の戦士号)が、今年の7月で爆破後20年の祈念日が近づき、特集のテレビ番組がTVNZにより放映を控えています。しかしこの予定に対して工作員がニュージランド法廷にて反対を表明しました。

Hopuhopu@管理人注)
現在グリーンピース所有の「虹の戦士号」は二代目にあたり、初代「虹の戦士号」は1985年に仏国のモルロアでの核実験に対し行われていたグリーンピースの抗議行動を妨害するため仏国の諜報機関によって爆破されました。爆破によりグリーンピース所属のポルトガルの写真家フェルナンド・ペレイラ氏が死亡、多数の負傷者が出ました。その後ニュージランド法廷で仏国の暴挙が弾劾され、賠償金がニュージーランド政府とグリーンピースに対し支払われました。その賠償によって購入されたのが現在の「虹の戦士二世号」です。初代「虹の戦士号」はオークランドで北のMotutapere島付近、水底25メーター(82フィート)に、今なお横たわっています。

この「虹の戦士号爆破事件」に関して最近映画化もされています。
スパイ・バウンド 監督、脚本フレデリック・シェンデルフェール

仏国諜報機関DGSE "Direction Generale de la Securite Exterieure" 工作員Alain MafartとDominique Prieurはペレイラ氏殺害などの罪で10年の有罪判決を受けており、その法廷内シーンをも放送するという部分に対して抗議している模様。高等裁判所はプライバシーより法廷の場面における公益性を優先させるよう、放送の許可をしたようですが……判決後二人の工作員は1986年7月にツアモツ諸島のHao環礁に送られましたが、後に仏国に送還されました、実質二年弱Hao環礁の軍事基地に軟禁されたのみで、投獄実刑はうけず、1988年5月には自由の身になっていました。

ニュージーランドグリーンピース事務局長Cindy Baxter氏によれば、仏国政府はいまだグリーンピースに対し謝罪していません。Baxter氏は「二人の仏国工作員は事件の本を発行したとき、彼らのプライバシーの権利を放棄している。」と言い足しました。

元々、殺人と放火(爆破)という卑劣で許し難い犯罪ですし、二人はオークランド高等裁判所で故意の殺人と傷害罪を認めています。「虹の戦士号爆破事件」は日本ではあまり知られていない事実ですが、当時の仏国は(もしかすると今も)東西冷戦時のソビエト連邦に匹敵する、恐ろしい国だと感じてしまいます。私にとってタヒチの宗主国が依然仏国なのは、心が痛む ”aue! mauiui rahi !” な現実です。
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2005年05月23日

仏国核実験は安全性無視の強行だったのか?

(タヒチプレス:19May)

タヒチ旅行から帰ってきて早々に触れたい話題では無いのですが・・・かの地の美しさが脳裏に鮮明な今だからこそ、悲しさや憤りも大きいです。核実験に安全も清潔もヘッタくれも無く、恐怖の行いですが、すこしずつ過去の仏国のずさんな行為が明るみにでてきているようです。仏国国防省は「ポリネシアの人々が大気圏内実験時に保護された条件は、実験を実施した国防省の人員に適用されたそれらと同程度に厳密だった。」という主張を一貫しています。

パリの仏国国防省は、17日水曜日にメディアにより発表された、30年前の仏国大気圏核実験について、仏国国防省スポークスマンJean-Francois Bureau氏の事務局による18日木曜日の会見により「基盤となる根拠が無い」と全面否定しました。

メディア発表とは
"Libe´ration" の記事は「仏領ポリネシア 住民」に対して核実験の危険を隠し、そして人々が「作為的に」1966年7月2 日の南太平洋初の仏国大気圏爆発実験時に保護されなかったことを主張。

仏国の日刊紙 "Le Figaro" は 「ポリネシア核実験の欺瞞」という 見出しの下、ガンビエ島の人々の避難が「政治及び心理的な理由」"のために実施されなかったことを意味する「軍事機密文書」からの引用抜粋を掲載。 ※管理人推測ですが、仏国国防省アラン・リジャール氏によって閲覧不可能になった公文書かと思われます。

「モルロア エ タトウ」によれば、ウクライナのチェルノブイリ原子力発電所の事故後の居住立入り禁止地域より1966年7月2日テストが「140倍(核汚染が)強かった」と主張しています。

補足:仏国はツアモツ環礁のMoruroaとFangataufaで1966年から1974年まで行った41の大気圏核実験を実施
その後の地下核実験を含めると推定152回の爆発テストを行っている、モラトリアム後1995年と1996年の間6度の地下実験を再開するが、その後終了を宣言して今日に至る。昨今の世界情勢からいつ実験の再開を発表してもおかしく無いと管理人は思っています。対テロとか対北朝鮮とか、後付けはいくらでも可能ですから・・・仏国と米国が国連を巡り不仲に拍車がかからない事を祈ります。
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2005年04月09日

大統領オスカー・テマル氏、Moruroa e Tatou協会会長と会談

(タヒチプレス:06Apr)

Roland Oldham氏(Moruroa e Tatou協会会長)はテマル氏と会合目的が核汚染による国民の健康被害の元凶が1966年から1974年までにMoruroaとFangataufa(共にツアモツ諸島)で実施された41回の大気圏核実験との因果関係を研究するため仏領ポリネシアコミッション設立を模索すること、と述べました。

Hopuhopu@管理人(注)
当ウェブサイトの”Hotu Painu”でも触れていますが、被爆による健康被害の立証はとても難しい問題です。しかし、タヒチではその研究すら行われていません。よって沢山の人々が「泣き寝入り状態」にあると思われます。あくまでもHopuhopuの個人的見解ですが「晩発生影響」に苦しんでいる人は少なく無いと思います。96年頃の資料では仏本国の約5倍の甲状腺癌発症率です。

Roland Oldham氏いわく
「私たちは核実験に関して、仏領ポリネシアの人々の健康被害の本当の評価を確立することができる重要な研究をする組織を作りたい。」前大統領ガストン・フロス氏の元ではこのような発言は黙殺されていたので、ようやく実験の被害を公にできる一歩となるのでは無いでしょうか?

Roland Oldham(ロラン・オルダム)氏(1950年3月10日生)
仏領ポリネシア仏国核実験被害者団体"Moruroa e Tatou"(モルロアと私達)協会会長(2001年7月4日設立)兼NGO"Hiti Tau"(ヒティ・タウ)代表
タヒチ労働組合の幹部として低所得層の労働者支援で、行政機関である「ポリネシア住宅局」に従事、しかしHiti Tauの活動を理由に当局から相当圧力をかけられ続けていた。97年の来日時、反核NGOのインタビューに答えた言葉がある。それは「サイレント・テロリズム」である。Hopuhopu@管理人は心底恐ろしく感じたのだが、実験場従事で被爆し病気になった人はパリの病院に送られる(タヒチには治療できる設備が無い)そして二度と帰って来ない人が沢山居るとの事。「医者はボランタリーにミステイクする。」つまり、治療のフリして抹殺するって事ですよね?ひえー
当時、オルダム氏はメディア・カバレッジ作戦で(とにかく全てを公にしてしまう)人知れず抹殺されるのを防いでいるらしかった。タヒチの出来事と思えますか?でもマジで起こっている事なんです。(当時は現大統領テマル氏も仏軍ブラックリストの上位に入っていた事でしょう)秘密主義の仏国は当然公式発表していませんが、核実験場従事のマオ
ヒは推定10000〜15000人。仏国の圧力(人知れず抹殺されるかもしれない恐怖)により大半が実験について口を閉ざしています。実験上で働く前に口外しない契約を交わしているせいでもありますが、10歳以下の児童も含まれ18歳以下で全体の10%にもなるとの事。仏国じゃ子供と守秘義務契約するのかい??と激しくツッコミいれたくなります。

引用されたタヒチの甲状腺癌に関する最近発行された研究

Moruroa e Tatou協会メンバー Roger Doom氏は仏領ポリネシアの甲状腺癌に関して疫学者によって行われた研究を大統領テマル氏に伝えました。 研究内容によれば、ポリネシア人患者はヨーロッパ人の患者より症状が三倍重いことを示すとの事。仏国の専門機関の実験室による研究では、ポリネシア人患者のDNAは甲状腺癌になる可能性が高いと発表。専門刊行物で2月に発表された調査結果では41回の大気圏核実験の放射性降下物質による影響を示唆。しかし仏国国防省は「太平洋の人々の遺伝子的疾病素質」 と主張。パリからの公式発表はまたもや、仏領ポリネシアでの核実験は「全く清潔で、少しも汚染されていない!」ということ。私ですら耳タコ!マオヒを科学的無知とでも思っているのかしら?あーあ
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